
ハリウッド映画の主要なジャンルにミュージカルがある。1940年~1950年代には、アーサー・フリード製作のMGMミュージカルが全盛期だった。
現在でもアメリカニューヨークのブロードウェイの舞台はミュージカルが主要な作品だ。
アメリカにとって、日本の歌舞伎のような存在がミュージカルである。
しかし現在のハリウッド映画では、かつての王者であった西部劇同様にあまり製作されていないイメージがある。
だが、ディズニー映画のアニメーションは、一貫してミュージカル調の作品が主体だ。
最近では、多くのディズニーのアニメーション映画が実写化されている。
ミュージカルファンとしては嬉しい限りだ。
『モアナと伝説の海』は、2016年のディズニーアニメーションの名作。
「始まりはただの海でも――」
海が爆発し、そこに現れたのが女神テ・フィティ。彼女は命を生み出す力を持っていた。
島々が海に現れだす。そこへ一羽の鷲が飛んでくる。
「人であり、人と海の神――」
やがてその鷲が猪の姿に変わり、さらにはトカゲ、昆虫に変身する。
「神の力その男の名は、マウイ」
彼は風と海を司る半神半人の全身刺青のたくましい肉体の持ち主で、神から与えられた巨大な神の釣り針を遣ってどんな生きものにも変身できる。
マウイは、テ・フィティの石状の「心」を奪ったため天変地異が起こり、世界は崩れ落ち、恐ろしい闇が訪れる。マウイは逃げ出し、空から叩き落され、神の釣り針をも失う。
1000年の時が流れた今でもマウイは、島から島へとさまよっている。
美しい島モトゥヌイ。子どもたちを前にタラおばあちゃんが話している。幼いモアナも興味を持って聞いている。モアナの父親で村長トゥイは、「ここは安全だ。闇なんてない。魔物なんていないんだ」と言うが、タラは「伝説は本当だよ」と言う。
モアナが海岸へ行くと子ガメを海鳥が襲っている。「大丈夫、守ってあげる」と言い、鳥を追い払うと、海べりの波が後退し、波が水槽のようになって、海ガメ親子が嬉しそうに泳いでいる姿が見える。
父親のトゥイは、「あっちへ行くな。あぶないから。サンゴ礁の外には何もない。お前は次の村長なんだ。お前にはやるべきことがある」と言う。
海辺でモアナは、タラおばあちゃんと踊っている。彼女の伸びた腕。背後の森の木々の成長と同時にモアナも16歳になっている。(映画的時間の経過)
父に連れられ、聖なる場所で村長が代々石を積み重ねていることを教えられる。そして「島が一段上がる時だ」と、モアナの村長の披露目が行われる。
島が凶作に襲われ、魚も獲れなくなる。モアナは、海を越え、サンゴ礁へ向かおうとするが、父に村の決まりで禁止だと言われる。
モアナの母シーナから実は父親のトゥイも若い頃は同じことを言っていた。舟に乗り沖へ出たが、大波が襲って同じ舟に乗っていた従弟が死んだ。父はモアナに同じ目に遭わせたくないと思っているのだと教えられる。
ある日の夜。タラに洞窟へ連れて行かれ、そこには大きな滝の前に帆舟が何艘も並んでいた。
タラに「マウイを探し、テ・フィティの心を返しに行かせ、そしてみんなを救うんだ。ご先祖さまやみんなを信じて。マウイのいるところは(空に輝く巨大な)釣り針の下だ」と教えられる。
タラが倒れる。タラにモアナは「お行き。海に選ばれたんだからね」と指図する。
かつてタラが「あたしが死んだら必ず戻って来るよ。エイになってね。だからエイが集まるこのタトゥーを選んだの」と言っていた通りに、モアナの乗る舟をエイの霊が先導する……。
やがて出会うマウイは、アニメーション版の声も担当したドウェイン・ジョンソンが演じている。筋骨隆々で全身に刺青が入り、その刺青の人物が動き出すのは、アニメーション版同様。ほら吹きで自慢しいのマウイは相変わらず微笑ましい。日本語吹き替えは、アニメーション版に引き続いて尾上松也。
モアナ役は。オーディションで選ばれたキャサリン・ランガイア。サモアとイギリスにルーツを持つ。吹き替えは、TSUZUMI(ME:I)。
アニメーション版でのプア(豚)とヘイヘイ(ニワトリ)は引き続いて実写にも、見事に出演している。
「どこまでも ~How Far I’ll Go~」、「俺のおかげさ」の楽曲も健在。
ディズニーの試写は日本語吹き替え版。個人的にはミュージカルはやはり原語でもう一度、劇場で観たいと思う。
監督はミュージカル舞台の『イン・ザ・ハイツ』(05)や『ハミルトン』(15)のトーマス・ケイル。
《配給》 ウォルト・ディズニー・ジャパン
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