
現在の日本映画界で、家族の物語を丹念に描き続けている映画監督は、山田洋次に是枝裕和、そして中野量太と言えるかもしれない。
中野量太が描く家族模様は、少し複雑だ。それは商業用長編デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)や『浅田家!』(20)、『兄を持ち運べるサイズに』(25)を見ても分かろうというもの。
本作、『私はあなたを知らない、』は『湯を沸かすほどの熱い愛』同様にオリジナル脚本の映画化である。日仏共同製作。
主演は、坂口健太郎だが、ヒロインを演じるオーディションで選ばれた『違国日記』(24)の早瀬 憩が、素朴で瑞々しく本当に素晴らしい。彼女の素直さがこの映画を引っ張る。
映画というものは、予備知識を入れずに観るほうが、楽しみや感動が増す。この映画は特にそうで、何気ない小道具や言葉の細かい伏線、登場人物が効いてくる。
横になっている西山夕平(坂口健太郎)の顔のアップ。目覚時計が「6:59」から「7:00」に変わる。彼が文化住宅の部屋のベッドで寝ている。時計を止め、洗面へ。コーンフレークに牛乳をかけボリボリ食す。運動靴を履いてドアを押し外へ。
ゴム手袋工場の機械。夕平は作業服姿で椅子に座って商品を点検している。
昼時間は、ひとりパンを食す。帰宅。テレビを見て、カップラーメンを食す。
また目覚時計。部屋に掃除機をかける。コインランドリーで洗濯。
パン屋で食パンを買い、匂いをかぐ。夜、牛乳でパンを食す。
目覚時計が「6:59」から「7:00」に変わる。寝相が悪い高校生の東浜朝子(早瀬 憩)の姿。時計を見ると「7:51」だ。「あ~、やばい」と、冷蔵庫から牛乳を出して、コップで飲み。靴下をベランダの洗濯物から取り、ついでに植木に水をやり、スニーカーを慌てて履く。
「第五十二回 卒業式」。看板の前で友人親の写真を撮ってやっている朝子。
「じゃあ、そろそろ行くね」「え、みんなとカラオケ行かないの?」「今日は1時にちょっと約束があって」「うそうそうそ……卒業だよ。みんなといる最後の日だよ」
「下総中央病院 緩和ケアセンター」
医師(黒田大輔)から説明を受ける。「できるだけこちらも道代さんの苦痛がないよう対処してゆくので……朝子ちゃん、そろそろ覚悟が必要かな」。朝子の瞳が少し潤み「はい」。
祖母東浜道代(原田美枝子)の病室。「朝子、ベランダの鉢植え、ちゃんと世話してくれてる?」「してるよ。今朝も水あげて来たし」「牛乳はちゃんとコップに注いで飲んでよ。直接口つけるとすぐに痛んじゃうからね」「大丈夫、言われなくてもちゃんとやってるよ」。
「そろそろお迎えが近いって言われた?」「そんなこと言われてないし」「じゃあ、そろそろ覚悟が必要って言われた?」。返事に困る。祖母はため息。「お祖母ちゃん、私そろそろバイトへ行くね」「朝子、この先もあなたを大切に思ってくれる人はいるの?」。朝子は少し考え、ほほ笑む。
商店街を行く夕平。卒業の高校生が賑やかで振り返る。
朝子、バイト先の厨房で皿洗い。手にはゴム手袋。朝子と夕平。ここまでで繋がらない二人の映像が画面に並び中央にタイトルが出る。
手袋工場の朝礼。東浜紗月(このところ話題作の出演が続く堀田真由)を横にして工場長が話している。「27歳、まだまだピチピチの東浜さんには決して手を出さないように」。
無口な夕平は紗月と並んで作業をしている。「さっきのあれ、セクハラですよね」「あ~、まあ、そうですね」「ですよね」。
紗月は、実家住まいから東京へ出てきたという。昼時間にパンを食する夕平に、職場の女性からおにぎりを貰う。
夕平は、そのおにぎりを川へ投げ捨てる。その様子を紗月が遠くから見ている。
パン屋から出てきた夕平は、食パンの匂いをかいで幸福な顔。そこへ紗月が来て、「なるほど、川へおにぎりを投げ捨てるほどのパン派だ。母親が握ったものしか食べられないのか。え? 母親のもダメなんですか」「あ、いえ、食べたことがないので、母親のおにぎり……あ、でもそれは食べられますよ、多分……」。 夕平は孤児で育った。「(その食パンは)高いから買わないけど、味の想像はいつもしています」という紗月を自宅へ誘ってパンを食べさせる。それから二人は親しくなってゆく。後日、紗月は、パン切り包丁を持ってくる……。
一方、朝子は祖母道代から「朝子の1歳の時にお父さんが亡くなって、5歳の時にお母さんも亡くなったことは知ってるよね」と言われる。「じゃあ、朝子は憶えてる? お母さんが亡くなる前に半年間だけ父親のような人がいたことを――」と、年に一度送られてきた12通の封筒を見せられる。
交互に観客が見ていた物語(実は時代が違う。東京スカイツリーがない時代とある時代)が動き出す――。





夕平が丸いサボテンを勧められる花屋の店員に片山友希、幼い朝子(倉田 瑛茉)が通う保育園の園長に渡辺真起子、弁護士の町村善一に滝藤賢一、その娘に稲垣来泉が扮している。
本当の「家族」の姿は……というテーマなのだろう。しかし本作にはそこにミステリーの要素が入る。
音楽は世武裕子。
戸田学
8月28日(金)全国公開。
<キャスト&スタッフ>
坂口健太郎
早瀬憩 堀田真由 倉田瑛茉
稲垣来泉 和田光沙 片山友希 畦田ひとみ 田牧そら
渡辺真起子 足立智充 黒田大輔
滝藤賢一 / 原田美枝子
原案・脚本・監督:中野量太
音楽:世武裕子
撮影:岩永洋 照明:谷本幸治 録音:猪股正幸
美術:黒川通利 装飾:松尾文子 衣裳:西留由起子 ヘアメイク:板垣実和、廣瀬瑠美
2026年/日本・フランス/カラー/シネマスコープ/5.1ch/126分
配給:クロックワークス
©IDKYPs./Pyramide Productions
