桂ざこばさんの三回忌

 今年は上方落語の桂ざこばさんの三回忌。近畿各所の文化ホールや劇場で「桂ざこば三回忌追善 米朝一門会」が開催されている。

 上岡龍太郎さんにある時、訊かれた。「君が初めて生で見た芸能人って誰やねん?」「朝丸さんです」「ほう、朝丸くんか…」と言ってニヤリとして「ぼくは美空ひばりなんやけどね」。

 完敗といった感じ。上岡さんは京都の出身なので、子ども時代は周辺で時代劇映画の撮影があった。

 私が桂朝丸――のちの桂ざこばさんを初めて見たのは、小学4年生の授業の一環で大阪福島区にあったABC朝日放送へ見学に行ったときである。スタジオでは当時人気があった『部長刑事』のセットなどを見学したのちに、別館にあったABCホールで「お笑いトップホット」という寄席番組の収録に参加した。

 ちなみにABCホールの横には、大阪タワーがそびえていた。『ウルトラマン』で古代怪獣ゴモラが大阪城に出現するエピソードの回で科学特捜隊のメンバーがこのタワーから大阪城を見張った。地理的にはおかしい。どちらかというとNHK大阪放送局の屋上から見張れば目と鼻の先の位置なのだが、放送局の関係だった。当時、TBSの番組を大阪でネットしていたのは、朝日放送だった。

 番組での朝丸は女性アシスタントと共に司会。会場を見て、「どこの学校でっか?」「先生、立っとくなはれ」と気軽に声をかけた。いい人なんだなと思った。番組には夢路いとし・喜味こいしも出ていて、「正月休みは何してた?」というネタをしていた。見学は12月。「漫才の話はウソなのか」と初めて知った。

 その後、私は朝丸の兄弟子の桂枝雀に師事して芸能勉強をすることになる。多くの朝丸落語の高座も体験した。朝丸に当時所属していた雑誌『上方芸能』の取材で会ったのが、直に接した最初だった。もうざこばを襲名していた。会うなり「お宅のことはよう知ってまんねんで」と言われた。枝雀を訪ねて落語会の楽屋なんかへ行っていたからだろうか。ただこちらはその頃は枝雀が目的だったので、例え枝雀の師匠の桂米朝に会っても「おっちゃん、こんにちは」程度に会釈するだけだった。その後、私は米朝事務所に入社した。ざこば担当の先輩に「ざこば師匠に挨拶に行くか」と言われて、その頃は新館だった旧よみうりテレビの二階ロビーへ行った。近づく私にざこばさんは、椅子の背にグーッともたれて、首を伸ばして「入ったのお!」と言った。

 この人とのエピソードは無尽蔵にある。酒席が多い。その頃は、大きなコップに氷をたくさん入れて日本酒をさも嫌そうにグーッと飲む。酔いが回ってきたら、片目をつぶる。のちに舞台で森の石松を当たり役にする要素はすでにあった。枝雀に言われたのは「ざこばが片目をつぶったら、もうざこばやないから、あんたは気をつかわんでよろしい」ということ。枝雀は私にとっては先生、師匠であるが、枝雀にとって私は弟子というより子分といった扱いだった。その関係をそのまま勝手にざこばさんは踏襲した感じで、理不尽な目にたくさんあった。

 後年、ニュージーランドから帰って来た義理の弟さんに私設マネーシャーを経て、大阪ミナミの坂町にバーを開かせた。ここがざこばさんの根城だった時期がある。

 ある時にその店を覗くとカウンターの奥にざこばさんがいた。その日は私の誕生日だった。それを言うと「おッ、めでたい!」と手を打ち「なんか買うたろか?」という。「欲しいものはないか」「いや、別にないです」「掃除機買うたろか」「なんでです?」「掃除機やったら毎日遣うから、毎日、オレのことを思い出すやろ?」。寂しいんかいな。そのことを名古屋で活躍するタレントの水谷ミミさんに言うと大いに受け、「ざこばさんらしいがね」と笑った。

 どちらが時系列的に先なのか分からないが、やはりカウンター奥に座ってるざこばさんに会った。いきなり「自分(私のこと)は、寛太ちゃん知ってるやろ?」という。「知ってます」「ほな、これから見舞いに行こか」。夜の10時ごろのことだ。病院は中津の済生会病院。ざこばさんが夫婦喧嘩をしたら、ここの宿泊付きの人間ドックに入る。「そんなもん、泊まらせてくれて身体も診てくれんねんで」と自慢していた。

 寛太さんは、「ちょっと待ってね」で知られる漫才コンビ、はな寛太・いま寛大の筋肉質のツッコミの人。病院へゆくとざこばさんは、ガードマンにサングラスを外して「こんちは」って言うとあっさり通してくれた。

 病室で寛太さんはびっくりしていた。帰り際、「寛太ちゃん、トイレこっちか」と言って、ざこばさんはそこで財布からありったけの札を掴んで、病院の棚の引き出しにそれを突っ込みながら「今日は何にも用意してへんねん。これ見舞い替わりや」と言った。凄いなと思った。ふたりで病室を出ると私に「寛太ちゃん、もう長ごないな」と言った。

 やはり坂町のバー、これは店の向かいに拡張した店のカウンターで、桂三象さん相手に説教していた。頑固な三象さん。で、さこばさんは、私に「代わりに言うてくれ!」というので、私が意見を言うと三象さんは納得してくれた。するとざこばさんは「あの人、凄いやろ。けど、あんなん普通や思たらあかんぞ。あの人は、うちの師匠(桂米朝)とうちの兄ちゃん(桂枝雀)の弟子や!」と言った。ざこばさんはそんな風に私のことを思っていたんだと思った。